ただ、そばにいて。
 しばらくのあいだ沈黙が続いた。

 篠崎は「ちょっと待ってろ」と言ってトラックに向かった。
 ダッシュボードからなにかを取り出して悠斗に放り投げる。
 両手で受けとめると、それは束になった店の鍵だった。

「おまえ、俺の代わりにここの後片付けをしとけ。今月の給料分、しっかり働けよ」

 篠崎はそう言って悠斗の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 そしていつも店の厨房で見せていた、お得意の皮肉まじりの笑顔を浮かべた。

「いきなり無職にさせちまったからな」

「決めるのはまだ早いですよ。僕がこの店を甦らせますから」
「若者の発言だなあ」

 篠崎は困ったように笑う。

 店のなかはひどいありさまだった。
 悠斗の部屋の比ではない。
 建物自体も古いし、リフォームよりも建て直したほうが早いと思えるほどだ。

 甦らせるなんて十中八九無理だろう。
 けれど可能性が少しでもあるなら、それに賭けてみたかった。

「まぁやれるだけやってみるか」
 篠崎はトラックに乗り込み、「俺はほかにやることがあるから、あとは頼んだぞ」と手を振った。

 悠斗は手のなかの鍵を握りしめる。
 篠崎に、この店の未来を託されたような気がした。
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