ただ、そばにいて。
 しばらくすると、駅に着いたと瑞希からメールが届いた。
 瑞希は帰宅するなり、「私が好きなものばかり」と嬉しそうにほほ笑んだ。

 ふたりで向かい合って遅い夕食をとり、そのあとテレビを見ながらとりとめのない話をする。
 先にシャワーを済ませていたので、瑞希が風呂に入っているあいだに食事の後片付けをし、ベッドで瑞希を待った。

 部屋のなかはとてもシンプルで、写真やポスターなどは飾られておらず、まるでビジネスホテルの一室みたいに整然としている。
 北側に面した窓の下にある、アンティーク調の木製のチェスト。
 その上にのった、いくつかの雑誌。
 ベッドはいつも清潔に整えられ、突然悠斗が住むことになったにもかかわらず、慌てて片付けたような気配はない。
 普段からきちんとしている人なのだろうなと思う。

 悠斗は瑞希が戻ってくるまで、ベッドで寝転びながらスマートフォンをいじって時間をつぶした。

 スリッパの音がドアの外から聞こえ、フリースの部屋着に着替えた瑞希が部屋に入ってきた。
 洗いたての髪はまだ濡れていて、フローラルの甘い香りが部屋のなかを満たした。
 瑞希はドレッサーに腰掛け、ドライヤーで髪を乾かしはじめる。
 肩の上で切りそろえられた黒髪がドライヤーの風でふわりと揺れた。
 その姿は官能的で、まるで映画のワンシーンを見ているようだった。

 悠斗の視線に気が付いた瑞希が鏡越しにほほ笑みかける。
 下心を見透かされたみたいで、ドキリとした。
 悠斗は慌てて話題を探した。

「今日、火事になったアパートを見てきました」

 瑞希はドライヤーのスイッチを切り、視線を悠斗に向けた。

「どうだった?」
「廃墟みたいになってました。窓ガラスは割れて、部屋は水浸しで。おまけに、においもひどいし。修理は入るらしいですけど、まだしばらくは帰れそうにないです」
「そっか」

 瑞希はドレッサーにブラシを置き、悠斗が寝転んでいるベッドへ歩み寄った。
 奥のほうへ体をずらし、瑞希のためにスペースを空ける。
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