ただ、そばにいて。
 まだ人の多い定禅寺通りの遊歩道を、瑞希はひとり、ゆらゆらした足どりで歩く。

 ワインのせいか平衡感覚が不安定で、うっかりすると崩れ落ちてしまいそうになる。

 外の景色に現実味が感じられない。
 大きなシャボン玉に包まれているように、足もとがふわふわしている。


「夢の世界みたい!」

 目の前を歩いていたカップルが、きらめく並木道を見上げながら腕を組んではしゃいでいた。
 その言葉を聞いた瞬間、きれいなイルミネーションも色あせて見えた。

 人の幸せを妬みはしないが、浮かれている恋人たちは、やっぱりどこか滑稽だ。


 歓楽街を抜けると灰色のビジネス街に出る。
 享楽の反対側にある、現実と日常。

 凍りつくような十二月の寒さに、ぶるりと体が震えた。
 イルミネーションの明かりはまぶしいくらいだけれど、天然の星なんてひとつも見えない。

「……寒い」

 夜空に向かって吐き出した小さなつぶやきは、誰の耳に届くこともなく、白い息とともに消えていった。
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