レス・パウダーレス
三口さんを起こさないようにこっそりベッドを抜けると、わたしはバスルームに向かった。
ホテルのバスルームはたいてい、自分の家のものより広い。
最近ではシャンプーどころか、化粧下地や洗い流さないトリートメントみたいなものまで置いてくれているところもあるから、身一つで泊まることになったって、きっと困ることはないのだろう。
熱めの温度に設定して、お湯張りのボタンを押す。
冷めることを気にせずに、ゆっくり浸かりたい気分だった。
備品を見てみたけれど、さすがに入浴剤はないようだった。
もし家にいたなら、白いお湯を選んでいただろうな、と思う。
ほんのりと甘い香りがする、ホットミルクに浸されたパンの気分になれるような入浴剤は、わたしを心の底からホッと安心させてくれる。
お湯を溜めている間に、わたしはシャワーの前に座ると、化粧を落とし始めた。
朝塗った下地、ファンデーションにチーク、それから数時間前に重ねたパウダー。
全部が流れ落ちると、肌は驚くほど軽くなった。
目の周りの水分を拭って、顔を上げる。
バスルームの鏡に映った自分の像は、白い湯気でぼんやりとゆがんで見えた。
裸体の自分。肩の曲線。引き締まっていない二の腕。
なだらかな乳房。なんとなくあるくびれ。
表情がのっていない、かすんだわたしの顔。
……わたしは。