レス・パウダーレス
返事をできないでいると、三口さんは、湯気の立ち込めるバスルームの中に入って来た。
扉を閉める音。一人が二人になった、狭い空間。
思いがけない侵入だった。
「……うわっ、熱っ!設定間違ってない?」
三口さんはチャプリ、と手をお湯につけて、そんなことを言った。
わたしはまだ、なにも言えない。
三口さんの片脚が、おそるおそる、わたしが溜めたばかりのお湯に浸かっていく。
片脚、両脚。それから身体がバスタブ内に埋まるまで、わたしは目を丸くして、無言でその様子を見ていた。
向かい合い、正面で目が合う。
わたしの脳みそは、なかなか回転を始めてくれない。
三口さんの髪は、左右アンバランスに盛り上がっていて、レストランのテーブルを挟んで見た、整えられた髪型とはちがっていた。
目の前にいるのは、着飾っていない、三口さんの中身の人。そんな風に見えて。
「……あ、すっぴん」
ぼうっとしていたら、彼の口が言った。
ハッとした。化粧を落とした顔をちゃんと見せたことは、今まで無かったから。
でも、抵抗する暇はなかった。
恥ずかしさがこみ上げるまで数秒、時間がかかって、隠せなかった。
三口さんはわたしの両頬に、右と左。自分の両手を当てて、挟みこんで。
手のひらをまあるくして、わたしの顔を、包み込んで。