溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「出た、都合が悪くなったときの主任呼び。まあ、今は許すか。沙奈が心配するようなことはないと思うよ。だから、安心して」
にこりと笑った彼の言葉に、引っかかりを感じた。なんだろう、その妙な確信。
そういえば、半澤主任も根回しは完璧みたいなことを言っていた気がする。
「……もしかして、なにかしました?」
「別に。ちょっとお願いしただけだよ。丁重に、ね。俺の笑顔は、なかなか交渉事に役立つ。だから、沙奈に変なことをする輩はいないと思うけど、もしなにかあったら必ず言ってね」
丁重に、お願い……。なんか、詳細は聞かないほうがいい気がする。知らないほうがいいことも、世の中にはあるよね、うん。
「と、ところで主任。今日はどこに行くんですか?」
「ああ、沙奈は森田ウェディングって知ってる?」
「あ、はい。全国展開している大手のブライダルプロデュースの会社ですよね」
「そう。そこと提携でレストランの結婚式はやるから。パンフレットの撮影に関する打ち合わせに行くんだよ」
「そういうの、事前に言っておいてほしいのですが……」
「そうすると沙奈、なんやかんや理由をつけて逃げそうだからさ」
「うっ……」
残念ながら、否定はできない。彼の家に挨拶に行ったとき、お母さんに「いくらおじいちゃんのためとはいえ、仕事を絡めるなんて、本当にごめんなさいね」と謝られたが、それはきっと私の性格を見抜いてのことだ。
彼が仕事を絡めたのは、そうすれば私が逃げないと確信しているから。
そりゃ、じいちゃんには花嫁姿を見せたい。でも、もう私と主任の結婚が決まっているかのような風潮はいかがなものか。
主任への気持ちは認めたけれど、今すぐ結婚となると簡単にはうなずけない。
少しずつ自分を許す努力はしているが、二十年ほど抱えている心の傷は、手痛い初恋でなかなかにこじれている。
それに彼は、業界最大手である桐島フーズの御曹司なのだ。彼の伴侶となるには、それなりの覚悟がいる。
自分の問題も含めて、もう少し覚悟を決める時間がほしい。