溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
私を見下ろす、切れ長の瞳。あの頃は優しく見えたその瞳が、今はとても軽薄そうに見える。
「久しぶりだな、沙奈。元気だったか?」
当然のように頰に手を伸ばしてくるその男に、苛立ちを感じたことでようやく足が動いた。
頰に触れられる前に、一歩引いた私の腕をその男が掴む。
「逃げるなよ。こっちにおいで、沙奈」
「い、いや!離して」
「少し話をしたいだけだ。騒ぐなよ」
「話なら、ここでいいはずでしょう」
「わかってるだろう? いいから、こっちにおいで」
必死に足を踏ん張っても、男の人の力には敵わない。手に持っていたコーヒーとカフェラテが、道路に落ちてアスファルトを黒く染めた。
引きずり込まれたビルとビルの隙間で、壁に身体を押しつけられる。服越しに伝わる、肩を抑える彼の体温をひどく不快に思う。
「触らないで」
キッと目の前にある顔を睨むと、認めたくはないが私の初めての恋人である佐山智(さやまさとし)は笑みを浮かべた。
「そう冷たくするなよ。四年……いや、五年振りか。沙奈、すごく綺麗になったな。驚いた」
何事もなかったかのように、私を見つめるその視線に腹がたつ。早く主任のところに戻りたくて、その男の手を振りほどいた。