溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「ちょっ! いやっ!」
だが、それも一瞬だった。なにを思ったのか、その男はブラウスのボタンを外し始める。
「……やっぱりキスマーク。恋人がいるのか?」
あれから五年近く経つのに、まだ自分を好きだと思い込んでいるほうがどうかしている。
コクリとうなずきながら、その手が三つほど外されたところで止まったことにホッとした。本当にキスマークなのか、確かめるためだったようだ。
「へえ。これもその男にもらったのか?」
ブラウスの中にしまっていたネックレスのチェーンに指をひっかけて引き出したその男が、驚いたように目を見開いた。
「……これは、婚約指輪? 沙奈、結婚するのか?」
主任にもらった婚約指輪を、私は内緒でチェーンに通して身につけていた。好きな人からもらったものだから、なんとなくいつもつけていたかった。
「ええ、そうよ。あなたのことなんて、とっくに忘れてる。その人が、忘れさせてくれたの。私を、許してくれたの。あなたの顔なんて、二度と見たくなかった」
とっく……は嘘だ。私はまだ自分を許せていない。それでも、私を前に進ませてくれたのは主任だ。
精一杯、睨みながらそう言うと、私を見下ろすその男は歪に顔を歪めた。
「なかなか気が強くなったもんだ。その男の影響か? その男、どう思うだろうな。婚約までした女が過去に不倫してたなんて知ったら。過去の男に、キスされたなんて知ったら、どうする?」
まさか、脅すつもり? この男、最低だ。一瞬でもこんな男を好きだった自分に、死ぬほど腹がたつ。