溺愛御曹司は仮りそめ婚約者

「……そうですね。怒るだろうな、すごく」

静かに笑みを浮かべて怒る主任の顔が目に浮かび、ブルリと身体が震える。ただし、その怒りが向くのは恐らく私ではない。

「だろうね。沙奈は賢い子だから、わかるだろう? 一晩、一晩付き合ってくれたら、すべて黙っていてあげるよ。沙奈だって、その男にバレて婚約破棄、なんてことにはなりたくないだろう?」

うわ、本当に最低。一晩なんて、ありえない。こんな男と一緒に過ごすなんて、一秒だって耐えられない。

それに、一晩付き合えば黙っておく、なんていう言葉も信じられない。まあ、そんな脅しには乗らないけど。

「婚約破棄なんてしないし、一晩付き合う必要もない。俺の沙奈に触るな」

言い返そうとした私の言葉は、地を這うような低い声に遮られた。ハッと声のしたほうに目を向けると、息を切らした主任が立っていた。

その表情は私の想像したものとは、百八十度違っていた。

笑みなんて、ひとつもない。鬼のような表情で男を睨む彼は、見たこともないくらい余裕がなく切羽詰まっているように見えた。

「桐島フーズの、御曹司? なぜ、ここに……。まさか、沙奈の婚約者って……」

主任の登場に驚いたのだろう。私を拘束する手が緩んだ。その隙に、男の手を振りほどいて主任の元に走る。

「東吾!」

迷いなく胸に飛び込んだ私を、主任はしっかりと受け止めてくれた。彼の香りとぬくもりに包まれて、ほっと息を吐く。

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