溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
思わず、自分の左手にはまる指輪を見る。それを見て、なんとも言えない感情が湧き上がった。
お揃いの指輪が、なんだかとても大切なものに思える。さっきまで感じていた不安が、嘘のように消えて、胸が温かくなった。
ああ、私……今、幸せを感じている。
「行こう、沙奈」
「うん」
差し出された手を取って、鐘の方を向こうとした瞬間、強い視線を感じる。
視線を感じたほうに目を向けると、鐘の儀式に使う風船を持った出席者の後方に黒のスーツを着た女の人がいた。
彼女はたしか、森田ウェディングの……森田瑠璃子さんだ。
提携先の人だし、主任とも知り合いみたいだから招待されていたのだろうか。それとも視察かなにかなのか。挙式のときは、参列者の席にいなかったと思う。
彼女は真っ直ぐに、私のことを見つめていた。
唇を噛んで私を睨みつける強い視線に、ビクリと身体が震える。なぜだか、彼女の顔に私を見つめる父親の顔が重なった。
「どうした?」
主任の声に、ハッとする。身を屈めて、私の顔を覗き込む彼に、ぎこちなく微笑む。
「ううん、なんでもない」
もう一度振り返ると、もうそこに彼女の姿はなかった。
「これからのふたりの人生に幸多からんことを」
司式者の声にハッとして、彼とふたりで鐘を鳴らす。青空に鐘の音が響き渡り、色とりどりの風船が空に舞う。
ライスシャワーとともに送られる「おめでとう」の声に笑顔を浮かべるが、さっき感じた幸せな気持ちは、幻のように消えてしまった。
ポタリと落ちた黒いシミが、じわじわと全身に広がっていく。主任の腕を掴む手に、無意識のうちに力が入った。