溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「ん、沙奈……」
その声に現実に意識が戻り、ハッと顔をあげる。寝ぼけているのか、甘い声で私の名前を呼ぶ主任に、ドキドキしてしまう。
だが、ときめいている場合ではない。
私の腰に巻きついているこの人を引き離すのが、ものすごく大変なのだ。この作業のために、早目にアラームをかけて起きているくらいだ。
腰に回っている手を外そうとすると、逃がさないとばかりに足が絡んでくる。前はこんなことしなかったのに、いらんこと覚えて。
あー、もう。私は抱き枕じゃないんだからね。
「うぐっ……くぅっ」
うめき声をあげながらなんとか彼を引き離し、ふうっと息を吐く。ベッドを出ようとしたところで、再び私を捕まえようと動く腕から慌てて逃げる。
前に油断したところを捕まって、大変だったのだ。毎朝の攻防戦の中で、私だって少しは学習している。
まったく起きる気配のない主任を残して、寝室を出る。顔を洗って、化粧をしてから朝ごはんの準備を始めた。
今日は昨日の残り物の煮物と、目玉焼きと漬物にワカメと豆腐のみそ汁。
それをテーブルに並べてから、寝室に入る。さあ、これからが大変だ。
ベッドでスヤスヤと眠る、悪魔のように寝起きの悪い彼のことを起こさねばならない。