溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
涙があふれそうになったとき、カラカラと音がして露天風呂に通じる扉が開いた。

ハッと顔をあげると、浴衣に着替えた主任が険しい顔で私を睨むように見つめている。

もしかして、さっきの聞こえてた……?

思わず立ち上がった私は、主任の背中に背負われているじいちゃんを見て目を見開いた。

「じ、じいちゃん! どうしたの?」

「ごめん、ちょっと長湯させすぎちゃったみたいで。布団敷いてもらえる?」

「う、うん」

「わりぃな、沙奈。じいちゃん、うれしくてはしゃぎすぎたなぁ。あ、あと写真撮ってくれ。東吾くんにおんぶしてもらったって、ご近所の東吾くんファンに自慢すんだ」

急いで奥の和室に布団を敷く私に、茹でタコのように真っ赤になったじいちゃんがニコニコと笑う。

そんなことをしている場合かと思うが、じいちゃんのお願いならなんでも聞いてあげたい。

仕方なく主任に了解をとり、写真を撮ってからじいちゃんを布団に寝かせる。水分をとらせてから、少し寝るというじいちゃんを残してふたりで和室を出た。

……しばし、沈黙。やっぱりさっきの聞こえてたんだろうか。すごく気まずい……。

沈黙を破ったのは、主任の深いため息だった。

「ごめん、俺がついてたのに」

申し訳なさそうに謝る彼に、私は首を横に振る。あれ、もしかして聞こえてなかったかな。

< 79 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop