溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
するり、とその姿は、
中庭に面した一番端のガラス戸を開けて、
外に出ていく。

ありすは声を掛けてくる人たちに
会釈だけしては、部屋の一番奥の、
窓際に向かう。

「橘さん」
どこかに行ってしまったら、
誰に困ったことを聞いたらいいの?

そんな不安な気持ちで、ガラス戸を開けて、
昔よく遊んだ中庭に出ていく。

後ろでこの場のヒロインが、
庭に出てしまった事に
ざわつく様子があったことに、
ありすは気づいてもいない。

ただ、月明かりに照らされた
芝生の敷き詰められた懐かしい中庭に、
足を踏み出す。


──その時。
ふと、記憶の中で何かが、
カチリと小さな音を立てた。

『しゅんくんっ』
そう名前を呼んで、
追いかけていた男の子がいた。

父親に連れてこられたパーティで、
誰かに連れて来られていたしゅんくんと、
何度も遊んでもらった記憶がある。

その頃のありすはまだ小さくて。
何歳か年上のお兄さんだったしゅんくんは、
ありすよりずっと高いところに顔があって。

白いお花を編んで、花冠と作った時は、
恥ずかしそうにそれを被ってくれた。

手を伸ばすと、しゅんくんは、
かならず少しだけ膝を折って
かがみこむようにして、ありすの顔を見つめ、

優しい笑顔でくすっと笑うのだ。

(……なんで急に、そんな事、思い出したんだろう)

懐かしい……。
幼馴染のお兄さんの記憶。

ありすにとってはそれは幼すぎる記憶で、
けれど、もしかしたらその記憶は、
淡い初恋だったかもしれないなんて……。

大人になった今も、
ありすは気づいていない……。

(しゅんくん……。
いつから会ってないんだろう……)
思わず、庭の真ん中まで歩いていき、
空を見上げ月を見つめる。
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