溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
髪を梳き終わり、
コトンとベッドサイドにブラシが置かれる。
それにありすが視線を送っていると、くいっと
頤を持ち上げられて、冷静な瞳がありすを見つめる。
真正面から見つめられて、
その仕草にドキッとしてしまうけれど、
橘の穏やかだが、冷静なその瞳に
ありすはほんの少し、ぎゅっと締め付けられるような
胸の痛みを感じている。
「橘……さん?」
急に頤を持ち上げられて、
尋ねるようなありすの視線に、
橘は仕草の強引さとは相反する
柔らかい弧を描いて笑みを瞳で形作る。
「お嬢様はこれだけ愛らしいのですから、
きっと恋をされれば、ますます綺麗になられる事でしょう」
キスでもするように顔を寄せられて、
どこか切なげに、掠れたような声で囁かれて、
その艶めいた状況を
恋にも男女の事にも鈍いありす自身は
それがどれだけ危うい状況なのか、気づいていない。
けれど橘のどこか艶めいた視線と
囁かれる甘い言葉に、
ありすはじわっと頬に熱がこみ上げてしまう。
そんなありすの様子を確認すると、
橘はふっと瞳を和らげて、優しい笑みを浮かべた。
そっと頤から手を離すと、
執事らしい礼儀正しい微笑みを浮かべる。
「……次はお嬢様に、何をお教えしましょうか?
まずは……デートの仕方、でしょうか。
きっと彼らは競うように、
お嬢様を誘いに来ると思いますよ。
お嬢様はどなたと、どんな形でお会いされたいですか?」
くすりと妖艶に瞳を細めて、悪戯っぽく笑った橘に、
ありすは普段の執事らしい様子から
微かに逸脱したような気がして、
思わず、目を見張ってしまう。
次の瞬間、
ドアの向こうの微かな物音に気付いたように
橘はそっと、ありすから距離を取る。
「──失礼します。ご注文いただきました
コーヒーをお持ちしました」
ただしホテルマンの男が持ってきたのは、
コーヒーだけではなかった。
「すごい……」
そこには見事に整えられたフラワーアレンジメントと、
華やかで美味しそうなアフタヌーンティのセットと、
綺麗で丁寧な細工のされた懐石重が用意されている。
「──次にお教えしないといけないのは、
熱心な殿方への正しいお礼状の書き方、でしょうかね」
一瞬瞳を見開いてから、橘は小さく笑みを浮かべる。
ありすは突然のプレゼントにそれぞれについていた
メッセージカードで、
花は駿から、ティセットは瀬名から。
懐石重は藤咲からの届け物であることを確認する。
「どのメッセージカードも
デートのお誘い込みのようですが……。
お嬢様はどの方とお会いするつもりですか?」
橘の言葉に、ありすは困ったような顔をして、
橘の顔を見上げるばかりだった