溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「……すみません」
その場に膝をついたまま、
ベッドの上に座るありすと同じ目線で、
橘はどこか切ない様な顔をして、
視線を下げた。

「……いえ……」
ありすは、ほっと吐息を漏らすと、
胸を抑えるようにして小さく言葉を返す。
胸はずっとさっきから跳ね続けている。

ドキドキするせいで、
呼吸が乱れ、じわりと全身の体温が上がる。

「……これは……恋ですか?」
橘は瞳を細めて、どこか苦い笑みを浮かべ、
そうありすに尋ねてくる。

「……いえ、違う……ような気がします」
確かにドキドキはするけれど、
ちょっとぐらいうっとりもするかもしれないけれど。

でも誰かを好きになって感じる
ドキドキとはちょっと違うのかもしれない。
どちらかというと、びっくりした時の
ドキドキなのかもしれないと、

ありすの言葉に、橘は普段通りの冷静な表情を
ゆっくりと取り戻していく。

「そうですね。びっくりすることがあったり、
ドキっとすることがあれば、
人は心臓がドキドキするのではないでしょうか。
でも、それは恋ではないかもしれません。

相手の人が素敵だな、とか、
何か好意を感じてドキドキする場合であれば
恋の始まりの可能性はありますが……」

ありすの瞳をじっと見つめ、
橘は大きく吐息をつく。

「瀬名社長に好意を感じて、
ドキドキされたのであれば、

それは恋の始まりかもしれません。

ただ、シチュエーションで
ドキドキしただけなら、
それは恋ではないかもしれませんね」

橘のセリフに、ありすは小さく頷く。
だとすれば、今日のありすのドキドキは、
恋の始まりではないのかもしれない。

ただ、もう一度会って、
あのドキドキを味わってみたいと、
そうありすは密かに思っていたのだった。
< 41 / 70 >

この作品をシェア

pagetop