溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
「というわけで、父の性格から言って
言い出したら聞かないと思うんです。

今日の夜、衣装合わせをしたら、
私の意思を得られた、って解釈して、
そのまま明日のパーティとやらを行うでしょうし、

そうしたら、そのまま結婚式まで一直線に
引っ張って行かれそうで……」
ありすの話を男性は面白そうに聞いている。

「だからとりあえず、父の頭を冷やそうと思って、
家から、逃げ出そうって思ったんです。

でも家出なんてしたことがなかったので、
まずは廊下を通ると色々ややこしそうだし、
当然こんな時間に玄関から外に出してもらうことなんて
絶対にできないし。

だから、窓から見える桐の木。

あの木は大きいし、あの木を伝ったら、
外に出られそうかと思って……」

そして映画やおとぎ話で見た映像のように、
上手く木を伝って下に降りて逃げる、
という作戦を実行したものの、
イメージ通りに体は動かず、

気づけば、幹の途中で降りる事も、
登ることも出来ないようになり、
途中で立ち往生する羽目になったのだ。

「なるほど、そういうわけだったのですね」
男性は瞳を瞬かせて、面白そうな表情を浮かべる。

「……お嬢様は突然起きた縁談話に動揺されて、
逃げ出そうとされていた最中だったんですね。

しかし……何か不満でも?
今恋人がいるわけでもなし。

こういう機会があって、
良い男性に出会えるのではないですか」
男性は薄く笑うと、首をかしげるようにして
ありすの顔を覗き込む。

「違うの。私は結婚したいわけじゃないの。
素敵な恋がしたいの。
好きな人と愛し合って、結婚したいの。

──それのどこが間違っているの?」

理解してもらえないかもしれない。
そう思って必死に尋ねた彼女に、
男性はあやすように小さく笑い、乱れたありすの髪を
そっと指先だけで触れて、綺麗に整えてくれる。

「わかりました。
それならば、私は貴女に素敵な恋をしてもらう
お手伝いをいたしましょう。

そのお相手の男性と、
素敵な恋をすればいいのですよね?

そして恋をして、素晴らしい人と愛し合って
結婚できるように、私がお手伝いいたします。

だから、旦那様の元に戻りましょうか?」

優しい指先と、穏やかな話し方。
深い心地よい声。
肩にかけられたありすをすっぽりと包む大きなスーツからと。
わずかに、ありすに近づいて髪を梳く
彼自身から感じる、爽やかなくせにどこか甘い、

どこか切なげな彼の香水の匂いに、
ありすは意識を奪われている。
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