溺愛執事に花嫁教育をされてしまいそうです
ありすはぼうっとしたまま、
目の前でティカップに紅茶を注ぐ
男性の姿に見惚れている。

(……橘さん、かあ……)
父親の説明によると、
橘は、普段ありすの家で
執事をしてくれている木崎が、
ぎっくり腰を起こしてしまって、
その治療の間、久遠寺家に来て、
代理の執事業を行ってくれる男性、ということだった。

年齢は聞いていないからわからないけれど、
多分、30代にはなってないだろう。

艶やかな黒髪に、漆黒の色合いの少し切れ長の黒い瞳。
綺麗に通った鼻すじ。
いつも柔らかく口角が上げられている薄くて形のよい唇。
紅茶を淹れる、長くて綺麗な指。

後ろの髪は短めにきちんと整えられている。
その代り斜めに流された
少しだけ長めのサラサラとした前髪が
伏せた瞳に影を落としている。

(立ち姿が綺麗だなあ……)
高い身長を少しかがめてお茶を入れている姿に、
思わず見惚れてしまいそうになる。

すんなりとした体躯は、
けしてがっしりしているようには見えないけれど、
昨日木の上から落ちてしまった
ありすのことをしっかりと受け止めて、
そのままお姫様抱っこをしたまま、四阿まで
連れて行ってくれる程度には鍛えられているらしい。

その強くて女性とは違う硬い感触を思い出すと、
ありすは恥ずかしさに、じわりと頬に熱が上がる。

あの後、橘に説得されて家に連れ戻されると、
少し遅れた夕食を食べ、
その後はドレスの試着までさせられた。

結局は、父親の思惑通り、
話はどんどん進んでしまっている。

ただ、最初話を聞いたときのありすの動揺は
少し落ち着いてきていた。

(わからないことは教えてくれるって言ってた……)
急に父親に結婚しろ、と言われたから
びっくりしてしまったけれど、
確かに誰かと出会わなければ、恋だって出来ない。

だったら、今の環境では出会えない、
誰かと出会ってみるのもいいのかもしれない。

(それに……)
< 7 / 70 >

この作品をシェア

pagetop