左手にハートを重ねて
「あいつだって、昔はいろいろあったらしいぜ? さっきチラッと聞いたんだけど、元カノも式場にいたらしいな。まったくよくやるよ」

 こいつは私を嫌な気分にさせる天才らしい。

 そんなこと、わざわざ教えられなくても知っている。
 花嫁の控室から出ようとしたとき目にしてしまった、元カノと楽しそうに談笑している、私の伴侶となる男。

 新郎は結婚式の直前に昔の女と会っていて、新婦は披露宴後の二次会で、昔の男に口説かれている。
 まったく、どうなってんのよ、この結婚。


「なぁ、俺と愛人契約を結ばない?」
「しつこい」

 本気で殴ってやろうと思ったそのとき、森崎が座っているのと反対側の腕をぐいっと掴まれた。

「帰るぞ」
「え? あ、はい」

 ふと横を見上げると、彼が怖い顔をして立っていた。
 その視線の先には、気まずい様子の森崎がいる。

「愛人の話は、却下だから」
「わかってますよ。冗談ですってば」

 森崎は、鋭い彼の言葉に苦笑しながら、ひらひらと手を振った。
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