左手にハートを重ねて
 ホテルのハネムーンスイートに着くと、彼は私を背負ったままハイヒールを脱がせ、ポイポイと部屋の奥に向かって放り投げた。
 そしてそのまま中に入り、ソファの上にどさりと私を下ろした。

 無言でバスルームに入っていく広い背中を見つめていたら、急に寂しい気持ちに襲われた。
 なんだかさっきから、彼の背中しか見ていない。

 ソファの上で足をブラブラさせていると、彼が濡らしたタオルを持ってきてくれた。
 ほてった足を、ひんやりとしたタオルで包みこむ。

「ねぇ、怒ってる?」
「いや、別に」
「嘘つき。絶対怒ってるでしょ」

 彼は、粘土をこねるような手つきで、ハイヒールで疲れた足を揉みほぐしている。

「……おまえ、本当は後悔しているんじゃないか?」

 目を見ないで、ポツリと吐き出される言葉。
 何度目よ、その質問。

 なかなかプロポーズしてくれない彼に業を煮やして、逆プロポーズしたのは私のほうだ。
「付き合って」と言ったのも私からだった。
 なのに、彼は何度も同じ言葉を繰りかえす。

 私は、目の前で揺れている、彼のつむじに口づけた。

「先生じゃなきゃ嫌だ」
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