日常に、ほんの少しの恋を添えて
 もう一つの自動ドアを開けてもらってから、専務の部屋のある階まではエレベーターで向かう。
 専務の部屋が近づくにつれて、思い出したくない出来事がじわじわと私の脳裏によみがえって来た。

 あの「泥酔したあげく吐けなくて専務に口の中指ツッコまれ吐かせてもらった事件」は一生の汚点である……

 ちょっとテンションが落ちたところで専務の部屋がある階に到着。部屋の前に来てインターホンを鳴らそう、とした瞬間ドアが開いてビクッと体が揺れた。
 中から現れた専務はTシャツにジャージ姿。髪もセットしておらず、マスクをして目もうつろで。今まで見たことが無いくらい弱っていた。風邪引いてるんだから当たり前だけど。

「悪いな。助かった」
「大丈夫ですか? なんか、見るからに辛そうですが……」

 家に上がり、前を歩く専務に尋ねるが、変わらずガラガラな声で大丈夫、と言ってこっちを見ない。

「病院行きました?」

 私の言葉に、ビク、と体が反応する専務。

「……行って、ないけど」
 
 ちょっと声がおどおどしてないか。

「病院行きましょうよ。かかりつけのお医者様とか、決まってますか?」
「行かないから特にない」

 さっき病院というワードを出して以来、専務のテンションが低い。ていうかこっち見ないし。
 病院嫌いというのは本当だったのか……
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