日常に、ほんの少しの恋を添えて
「よかったですね、インフルエンザとかじゃなくて」
「でも後で陽性反応出ることもあるらしいから、まだ安心はできねー」
「ですね。戻ったら寝てくださいね」

 私がこう言うと、すぐに専務が私の方を向いた。

「いや、まだ確認しなきゃいけない書類が……」
「……寝なきゃ風邪治りませんよ。悪化したらどうするんです」

 若干強めの口調で私が窘めると、ぐ、と言葉に詰まった専務が黙り込む。
 もう……当たり前じゃないの。とちょっとだけ呆れた。

 私と専務は調剤薬局に寄ってからタクシーに乗り込みマンションに戻る。着いてすぐ、専務を着替えさせ寝室に押し込めた。

「おいっ! 俺まだやることが……ゲホゲホゲホッ!」
「後半何言ってるか分かりません。今はとにかく寝ててください! 食べるものは用意しますから、そしたらすぐ薬飲んでくださいね!」

 また何か反論されるかな、と寝室のドアの前で耳をそばだてていると、

「……頼む」

 という声がきこえてきた。

 なんか、かわいい。
 いつもとは違う、ちょっと気弱な専務についつい顔が綻んでしまうのを止められない。
 緩んだ頬を押さえながら、私はキッチンへ向かう。
 こんなこともあろうかと、さっき立ち寄ったスーパーでレトルト食品なども購入してきたのだが、これは専務が一人の時に食べればいいだろう。となるとまずはおかゆだ、お米のありかを探さねば……
< 119 / 204 >

この作品をシェア

pagetop