日常に、ほんの少しの恋を添えて
 私が自分のことを覚えていないと知った専務は、一瞬眉間に皺を刻んだが、すぐに真顔になってふう、と溜息をついた。

 「俺、長谷川のことは何故か印象に残ってたんだ。学生時代長距離やってたってのも印象深かったし、他の子と比べると妙に落ち着きがあって、受け答えも淡々としてて」
「……そ、そうでしたか? その時のことは私全く覚えていなくて……」
「だからかな。新見が辞めることになって、次の秘書は新入社員から選んでは? と人事部長に薦められた時、お前のことが頭に浮かんだ。ああ、あの子ならいいかな……って」

 その時のことを思い出しながら話す専務を見つめながら、私は現状を理解するのに必死だった。
 確かに私、学生時代長距離やってた。でも別にすごい記録を残したわけでもない。それでも専務の目に留まったのなら、やっていてよかった。しかしそのことが私が選ばれた理由の一つだったのか……

「まあそれは長谷川を知ったきっかけだけど。でも秘書になってもらってからは、なんか不思議な子だな~って思ってたんだけど」

 それって、褒められてるのかよくわかんないんだけど。

「不思議ちゃん、ってことですか?」

 無表情で聞き返すと、専務が少し慌てた。
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