日常に、ほんの少しの恋を添えて
 幾つかの書類に目を通していると、専務が「あ」と言って固まった。

「いっけねー、これ総務に出すの忘れてた」

 慌ててその書類に必要事項を書き込み、印鑑を押し、それをクリアファイルに入れ私に差し出してきた。

「長谷川、これ総務に持って行ってくれ。なるべく急ぎで」
「あ、はい。じゃ今行ってきます」

 書類を私に手渡すと、専務は忙しなくどこかへ電話を掛ける。
 最終日とは思えないいつもの光景だ。

 ――最終日だなんて、嘘だったらいいのに。

 人知れず溜息をつき、役員室を出て階下の総務課に向かう。エレベーターホールに来てはみたものの、数基あるエレベーターはどれも階下に向かってしまっていたので、階段を選択した。

 カン、カン、カンと音がやけに大きく響くなあーなんて思いながら、階段を下りていく。

 しかし最初は相性最悪だと思っていたのに、こんなに好きになってしまうなんて。専務がいなくなった後、私好きな人できるのかな……っていうか恋愛できるのかな……

 そんなことを考えながらハアーーと、一際大きいため息をついた私だった。が、この時。私の足が階段をとらえ損ね空を踏んだ。その瞬間、体がぐらりと前方に傾く。
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