日常に、ほんの少しの恋を添えて
 きっぱりとそう言い切った専務の言葉が、胸に響く。響くけど、同時に切なさも込み上げてくる。
 こんなに良くしてくれるのに、私最後の最後まで専務に迷惑かけてばかりだ。自分が情けなくて、泣きそうになる。

「すみません、専務……私、最初から最後まで専務に迷惑かけてばかりで……最終日くらい何事もなく穏やかに過ごしたかったのに……」
「長谷川はよくやってたよ。新入社員とは思えない落ち着きっぷりで、お前と話してると妙な安心感があった。それに……」

 一呼吸おいて、再び専務が口を開く。

「お前に迷惑をかけられるのは、嬉しいよ」

 専務の背中を見つめ、今言われたことを反芻する。
 それってどういう意味ですか?
 聞き返したかったけど、ちょうどその時私を担いだ専務がエレベーターホールに現れた為、辺りが激しくざわめいてしまった。そのため、とてもじゃないけど聞ける雰囲気ではなくなってしまった。

「骨は異常無いですね。靭帯も。捻挫と打撲、といったところでしょうか」

 会社の隣のビルに入っていた整形外科に飛び込み、診察を終えた。
 足首のレントゲン画像を診たお医者様にそう診断を下され、私はひとまず安堵した。
 診察室を出て私をここまで連れてきてくれた専務に説明をすると、そうか、と言って少し安心したように微笑んだ。が、すぐ真剣な表情に変わる。
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