日常に、ほんの少しの恋を添えて
 そういや、前の岩谷常務との会食の時も専務お酒飲んでなかったな。あの時は岩谷常務の言動に困り果てて専務のことはよく見てなかったんだけど。

 お酒が苦手なのかな、と思ってたのに。そうじゃなかったのか……

「……で、専務に送ってもらったのよね……?」

 心配そうに私の顔を覗き込んでくる新見さんに、ハッと我に返った私は「もちろんです!」と何度も頷いた。
 新見さん、心配してくれてありがとうございます。だけど、あの夜あったこと言えなくてごめんなさい。
 言えるわけがない。

「さ、そろそろ九時ね。今日も一日しっかりね」
「はい」

 我が社は午前九時が始業時刻。この時間になると私達秘書は担当する役員のもとへ赴き、本日のスケジュール確認をする。
 いつもやっていることなのに、金曜の醜態のせいで今日はめちゃくちゃ専務に会いたくない。
 重たい足取りで専務の部屋のドアをノックすると、いつも通りの声が返ってきた。

「どうぞ」
「お、はよう、ございます」
「おはよう」

 椅子に腰かけた専務は、書類に目を通しながらチラッと私を見た。その視線に気が付いたけど、私は気付かないふりをしていつも通りにふるまう。

「本日の予定です。9時半から5階会議室にて役員会議……」
「その前に」

 書類をデスクにバサッと置いた専務が、私の話を遮った。
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