日常に、ほんの少しの恋を添えて
 専務にはお兄さんがいて、将来的に藤久良の頂点に立つのはお兄さんが有力であること。弟さんもいるけど、今は海外に行っているということ。そして社長である専務のお父さんは、昔からお兄さんを大事にしていて、割と弟二人のことは放任しているということ。
 この話を聞いたとき、だから専務は割と早く実家を出て一人暮らしを始めたのかな、なんて思った。

「さっき長谷川にもらったもの、見てもいいか」

 そう言いながら、専務が私がさっきあげた包みを取り出した。

「あの、ほんとに普通のボールペンです。あ、そうだ……」

 包みを開けてボールペンを手に取ると、専務はそれを何度も方向を変えじっと見つめていた。

 ――気に入ってもらえたかな。まあ、専務にとってみたら安物だし、どう思われてもいいんだけど。

「よく考えてみたら女性からボールペンをもらったのは初めてかもしれない」

 専務がぼそっとつぶやいた。

 今まで何貰って来たんだろう? なんてちょっと思ったりしたけど、私はあえてそこは突っ込まずに買い物袋の中から、目当ての物を探し当てた。

「そうなんですか? あとですね、これなんですけど」

 私はさっき立ち寄ったキッチン雑貨の店で購入したあるものを専務にそっと差し出す。すると専務はなにを想うのか、それを見つめて微動だにしない。

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