日常に、ほんの少しの恋を添えて
「……リンゴの」
「そうです。リンゴカッターです。専務のお宅にお邪魔したとき、キッチンにフルーツが置いてあったのをたまたま目撃しまして。これ、あったらカットするの楽なんじゃないかなーって思ったんで、さっきついでに買っておいたんです」

 差し出したリンゴカッターを専務がじっと見つめたまま受け取ろうとしない。なのでずいっと取ってくれと言わんばかりに差し出すと、ようやく専務がそれを手に取った。と思ったら、専務の顔が満面の笑顔に変わった。

「はははは! なんか、長谷川ってすごいな」
「それは、褒められているんでしょうか……」
「褒めてるよ。便利グッズもらうのも初めてだ。しかもこれ、凄く使えそうだ。ありがとな」 
「!」

 ありがとな、と言って微笑んだ専務の表情がこれまで見たことがないくらい凄くリラックスして素敵な笑顔だったので、ここ最近で専務のいろんな表情を見てきた私でもちょっとドキッとした。
 ドキッとしたのがバレないよう、私は反射的に専務から視線を逸らした。

「……いえ、いいんです。先日の醜態のお詫びはボールペンやこのリンゴカッターでは賄いきれないと思っているので……」

 最後の方は消え入りそうなくらい小さな声になってしまい、聞き取りにくかったのか専務が眉根を寄せた。
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