おはようからおやすみまで蕩けさせて
(何話してるの?ひょっとして異動のこと?)


自分の異動を考え直すように頼んでるとか?
それにしては穏やかな雰囲気にしか見えないけど……。


カツン…と踵の鳴る音を聞いて、デスクに座っていた人が振り返った。


「おおっ、噂をすれば奥さんが来たよ」


丸顔で人の良さそうな人事部長さんの声を聞き、向かい側に立つ彼がこっちを振り向く。
切れ長で優しそうな目元が細くなり、薄い唇の端がきゅっと上に向かってカーブした。



「結実」


二人きりの時以外は呼ばない名前を口に出され、ドキン…と胸の鳴る音がする。


「お話し中にすみません。人事異動の件でお話があって参りました」


これは何かの手違いであって欲しい。
あの社内報は、私と彼の名前を単純に間違えただけだと言って欲しい。

そう思いながら近付くと、部長さんはニコッと微笑み……


「今、丁度その話をしていたところだよ。浬君は部署を変わるけど、君は引き続きバイヤーチームに残って頑張って下さい」


「えっ?」


「君の頑張りは浬君から聞いてるよ。職能は高くなるけど、これまでの調子で頼むね」


ニコニコしながら言ってくるその言葉に耳を疑う。
それはつまり、あの人事は間違いでも何でもないってこと?


「…も、申し訳ありませんけど、私にはそんな役職務まりませ……」

「結実、ちょっと」


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