おはようからおやすみまで蕩けさせて
「えっ?」


「天宮さんのような優しい人の奥さんになりたい。明かりの灯る家に帰りたいなぁ」


ぼんやりと呟きながら思い出していたのは子供の頃のこと。
私は一人っ子の鍵っ子で、いつも自分が両親よりも先に家に帰り着いていた。


「真っ暗な部屋に戻ると寂しいんだもん。誰もいないし、空気も冷たくて音もない…」


ただいまーと言っても返事も戻らない過去の記憶と重なる。

それを思い出したら悲しくなってきて、思わずシクシクと泣きだしてしまった。



「ちょっ、ちょっと…結実?」


天宮さんの声が父の声みたいに聞こえる。
だから余計にお願いする様な言い方になった。


「あったかい家に帰りたかったよ〜。おかえりって、誰かに言ってもらいたかった〜」


うわーん…と泣き出したもんだから天宮さんが驚く。
私を宥めすかせる為か、その後もいろいろと注文してくれた。




「今夜はご馳走様でした……」


散々飲んだり食べたりして、店の前でお礼を言った。
少し泣いたからか、酔いも多少は醒めているけど……。


「大丈夫か?帰れるか?」


天宮さんは不安そうな顔をしている。


「はーい。大丈夫でーす」


どんなに酔っていても、まともには歩けてるからきっと平気だろうと思う。


「それじゃあまた月曜日に」


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