【B】眠らない街で愛を囁いて
16.養父からの呼び出し -千翔-
7月下旬、俺のスマホに一件の電話が入った。

叶夢と一緒居る時間が楽しすぎて、
俺はその出来事から目を背けていた。



「もしもし千翔君か。
 忙しいところに悪いな。

 急で申し訳ないが今日の夜、池袋まで来てくれないだろうか?」



電話の主は、俺にとっての養父だった。



俺の両親は、俺がまだ小学校にあがる前に離婚した。


16歳の若さで長男の凱兄を妊娠して出産。
21歳で暁兄、27歳を俺を出産した母は父との離婚を決めた。

ただ一年間が過ぎた頃、今の養父と再婚を決め、
俺は新しい家族の元で生活を始めた。


そこで父親違いの妹が誕生した。


異父妹の名は、馬上貴江【はがみ たかえ】。

一度は母の再婚と共に、馬上の籍へと招き入れられた俺だったが、
ある事情で養子縁組を解消され、実父の計らいで俺はこの場所に居場所を提供された。


そんな背景もあって母の再婚相手であり、
一時期養父だった時間もある馬上久廣【はがみ ひさひろ】との電話は少々苦手だったりするのだ。



「わかりました。
何時にいけば宜しいですか?」

「そうだな。18時ごろに待っている」



それを最後に通信が途絶える。
貴江……また何か、やったのか。



今頃、女子高生をしているであろう、
異父妹をふと思い返した。



オフィスでギリギリまで仕事を終えてから池袋へと向かう。



池袋の改札口で合流すると養父が予約してくれた料亭へと俺は向かった。



座敷に通されて、その場所で会席料理のフルコースを食べる。



最初は互いの腹の探り合いと言うか、
当たり障りのない雑談から少しずつ核心に迫っていく。



お酒も入り、食事も進んだこと、養父は思いも知らないことを言い出した。





「千翔君、君も大学生活も終わるだろう。
 どうだろう、幅広い世界を知るために日本を飛び出してみてはどうだろう?

 君の為にもいい経験になると思う」



唐突な提案に俺はどう答えていいかわからない。


俺自身、留学という選択も予定もなかった。
それに留学なんてしたら、叶夢に会えなくなる。



「有難うございます。
 
 ですが俺は日本でのビジネスもありますし、
 申し訳ないですが、留学の話は……」

「そこをあえて頼む。
 千翔君、もう私には君しか頼める存在がいないんだ。

 娘の為に、貴江の為に留学してくれ」




そういって養父は座布団から降りて、深々と土下座をした。



「お養父さん……」

「千翔君がうんと頷いてくれるまでは、
 私はここを離れられない。

 何がどう狂ってしまったんだ。
 千翔君、君という存在が貴江の前に現れてしまったから」




俺の気持ちを考えもしないで身勝手な要求を突き付けてくる、
その人に、吐き気すら感じていた。




「その件はお断りするしかありません。
 俺には日本での仕事がありますから」

「だったらせめて娘が……貴江が見知らぬ土地へと、
 消えて欲しい。


 頼む。
 その願いを叶えてくれるのなら、
 私は何でも君の意のままになるよ」




一方的な要求を突き付けられただけの空しい時間を過ごした後、
食事代を出そうとしてくれた養父の手を遮って、
自身の食事代だけはきっちりと支払って別れた。




その夜、めったに連絡を寄こさない母からスマホに着信が入る。


電話に出たい気分じゃなくてそのまま放置して、
パソコンモニターへと意識を集中する。




何時間か集中して仕事をこなした後、
ふと放置していたスマホに手を伸ばして留守番電話を確認する。




留守番電話には「千翔、ごめんなさい」っと、
母の謝罪の言葉が残されていた。


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