【B】眠らない街で愛を囁いて



えっ?
何?




「お客様お買い物途中に大変失礼しました。
 馬上さん、ちょっと事務所まで来て」



そう言って織笑は新人の彼女を引きづる様に事務所へと連れ込んでいく。



17時が過ぎても交代人員が姿を見せる気配もなく、
私は恥ずかしさに耐えながら、レジへ来た人への接客を一つ一つこなしていった。




「電車が少し遅れてしまって遅くなりました。
 レジ交代します」



引継ぎのスタッフがカウンターへと入ると、
私は事務所の方へと向かった。




とりあえず退勤処理をして少しでも早く、
気持ちを立て直したい。



あのタイプ苦手だ……。




「失礼します」



事務所へと入った時、彼女は私の方を黙って睨みつけた。



「ほらっ、そこ馬上さん。
 睨むところじゃないでしょ。

 叶夢に謝罪するところ。
 馬上さんの発言で、今日は叶夢の名誉が傷つけられたの。

 馬上さんが千翔さんのことを呼び捨てするのは、
 あなたこそ、恋するビルのジンクスに憧れて入ってきたって言えるんじゃない?

 違うって言いきれる?

 千翔さんはこのお店のスタッフが公認の叶夢の大切な人なの。
 だから新人は余計な口出ししないの」



そう言って織笑は強く言い切ると、退勤処理をして私の方も向く。

退勤の画面を見せられると自分の社員番号を打ち込んで、
確定キーを押した。



「店長、お疲れさまでした。お先でーす」

「お疲れさまでした。お先に失礼します」
 


織笑に続く感じで逃げ出す様に、
私は慌てて事務所を出て更衣室へと向かい着替えをすませる。



何時もは着替え終わって私が更衣室を出たくらいに、
ドアの前で待っててくれる千翔さんの姿が今日はない。



「あれ?叶夢の王子様どうしたのよ?
 今日、居ないねー」

「あっ、仕事もあって忙しい人だから用事が出来たのかも」



そんな言葉を紡ぎながら本当の私は不安で悲しくて押しつぶされそう。
こんな時間は千翔さんの優しさに触れたい。


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