【B】眠らない街で愛を囁いて

「お疲れ様です。名桐です。

 ずっと入院で意識を失っていたみたいで、
 ご連絡が遅れて、ご迷惑をおかけしました」


そう言うと、電話の向こうの店長の声がいつもと違って聞こえた。



「名桐、今夜病院に顔を出していいだろうか?」


そんな会話になるなんて思わなくて、ただ戸惑いしかなかった。


その日、夕方病室に姿を見せた店長は、申し訳なさそうに私に伝えた。



「名桐……私は君の頑張りを一番近くで見てきた。

 だが本部にも先の警察沙汰が耳に入ったらしく、
 今朝、君と馬上、二人の解雇通告が届いた。

 君は馬上に一方的にされた被害者なのかもしれない。
 だが君は最初に私が言った約束を破った。

 毎日、君の所に顔を出してくれたあの人は、
 B.C. square TOKYOに勤務している人だったんだな。

 最初の面接のときに話した話を君は覚えているか?」


「……はい。
 この職場に玉の輿を夢見て、不純な動機で応募してくる人がいると言うお話ですね」

「あぁ。
 その話をしたとき、君はきっぱりと否定した。

 だが実際は君はその約束を違えた。
 そういう意味でも、今回の上の解雇通告はやむおえないと思ってほしい。

 今まで有難う。
 今は一日も早く体を回復させてください」




店長はその言い残して封筒に入った一枚の書類を私の前に差し出して、
病室を出て行った。



私が何をしたの?
どうして私まで仕事を辞めなきゃいけないの?


千翔と出逢ったのが、そんなに悪いことなの?

別に玉の輿を狙って近づいたわけじゃない。

お互い惹かれあった相手がたまたま同じビルで仕事をしていた人だった。、
そんな風には思ってもらえないの?




残された封筒に手を伸ばし、握りしめながら涙が止まらなくなった。



その翌日、私は千暁さんとは別の先生に退院の許可を貰った。


誰にも会わないように医療費を後日直接振り込む手続きをして私は病院を逃げるように後にした。


今は誰にも会いたくない。
ただ……そっとしてほしい。



その一心でアパートへと帰る。
部屋に踏み込んだとたんに、あの日の恐怖が反芻する。



……ダメ。私の体、震えないで……。
半ば過呼吸に近い状態になっていく意のままにならない体。

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