ミツバチのアンモラル
「頭はもう痛くないか?」
「……え?」
「倒れる前」
「あっ、――うん。それはもう」
「ならいい」
智也はそう安堵し、そうして、ぽつり、ぽつりとまた吐き出していく。
「思い、出したのかと、思ったんだ」
「なにを」
「あんときのと似てたから」
「だから、なにを」
「兄貴たちの……」
「……」
「……兄貴が、女といる光景が」
「……」
似ていた、らしい。
遠くから見ていた智也はそう感じたそうだ。
圭くんが、女の人と一緒にいる光景。
とても、親密な雰囲気のふたり。圭くんに親密に触れる綺麗な指。
それを見てしまった私。
事故の直前にあった、そんな光景と今日のそれ。
デジャブを感じるくらいには、似ていたのだそうだ。
「そんなこと、あったんだ」
「……」
高校卒業式前日に起こった事故。
直前の記憶は、圭くんに約束を取りつけたところあたりまで。
目覚めてからは、ばたばた焦る母と、泣いて泣いてそれでも王子様だった圭くんを、病院のベットで寝たまま眺めていたところから。
智也は、私に抜け落ちているらし間のことを知っている。
「俺は、兄貴のとこに走る華乃を交差点の向こう側から見てた。華乃と兄貴がなんか話してて、そんで離れた。俺のとこに戻ってこようとする華乃の後ろ姿を名残惜しそうに見て、そして俺を睨んだ兄貴がいた。……ちょっとだけ、ざまあみろって思って、俺は兄貴を見てた。そしたら……あの事故が起こった」