ミツバチのアンモラル
「歩行者用信号が青に変わって皆動き出したけど、華乃はいつもボケてるから、周りからだいぶ遅れて歩き出した。信号が点滅しだす直前くらいに」
あそこの信号は、点滅が始まってからでも余裕で渡りきれる。だからそれを知っていてゆっくりでもあったのだと、そんなことはきっと些末ごとにすぎないと口にはしない。
ちりちりと、少しだけ頭が痛んだ気がした。
「華乃が何歩か進んですぐ、なんでかその場で立ち止まった。そんで、振り返って……しばらくそこから動かなくて……そんで……………………車が突っ込んできた」
それは他人事のようで、けれどもなんとなく昔の傷が疼くような感覚もあり、私は静かに智也の声に耳を傾ける。
しばらく、どちらからも発するもののなくなった私の部屋では、二十三時を告げる時計のオルゴール音が響くだけだった。
「……兄貴に、詰め寄った。華乃に何したんだって」
救急車で運ばれて手術室に運び込まれた私を病院の廊下で待つ間、まだふたりきりだった時間はそれなりにあって。
永遠にも感じた時間を、智也は圭くんを詰ることに使った。
「華乃が立ち止まって振り返ったとき、確かに兄貴のほうにそうしたんだ。……それしか、ないだろ。
華乃がそうしたとき、兄貴の隣には女がいた。華乃はきっとそれに気づいて振り返って……」
「そう、だったとしても、それは、圭くんのせいじゃ」
「……かもしれない。……しれないけどさ、俺はずっと腹立ってたんだ。華乃を好きなくせにそんな兄貴が。ロリコンとか言われようがなんだろうが華乃だけを見てれば良かった。どういうつもりかは知りたくもねえけど他の女使って発散して、しまいにはボロ出して華乃にバレて傷つけて身体まで傷つけて……お前のせいだって、詰り倒した」