ミツバチのアンモラル
 
 
温かかった。圭くんの匂いだけがする胸の中にいることがなんだかとても久しく感じ、思わず力を込めて頬を擦り寄せるけれど、その行為はやんわりと、圭くんによって止められてしまった。


「……」


停止の意思表示だとしても圭くんが触れてくれることが嬉しいなんて、圭くんは理解してくれるだろうか。


「圭くん」


「……」


「圭くん。――会いたかったよ」


「っ」


くっついていた身体が引き離される。狭い玄関でなんて僅かな距離しか空間はないというのに寂しい。
いつものように甘えたふうで見上げてみても、今日は聞き入れてはもらえなかった。


「圭くん」


「……」


華乃――そう、口が動いたような気がしたけれど、掠れて吐息になっただけの音では確信出来なかった。


暫く、圭くんから話してくれるのを待ったけれど、結局私が焦れるまでそれはないままで。


「圭くん。一緒に帰ろう?」


私のお願いに、圭くんはその場でしゃがみこんでしまった。項垂れた首が物凄く下を向いてしまい、痛まないか心配になる。


圭くんと同じ目線に下がる。
辛いの? 訊くと、違うとひとこと。ようやく会話してくれたことに安堵する。


帰りたくないの? 訊くと、違うと首を横に振りながら。良かった。いつかは戻ってきてくれる。


私がいるのが嫌? 訊くと、そんなことないと声が大きくなる。私で感情が揺れてくれているのだとしたら、それは至福だ。


なんでここに来たの? 訊くと、欲しい言葉を圭くんはくれた。


「……華乃に、軽蔑されるのが怖かったんだ」


「私に、嫌われるの、圭くんは恐いと思ってくれるの?」


嬉しいと素直に口にした。


「なんで……っ」


「私は圭くんのこと嫌いになんてならないよ」


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