偽りの婚約者に溺愛されています
「松雪さん。彼女さんですか?」

コートの入口に立っていた男性が、ボールをついて私を珍しそうに見ながら言う。

「いや、違う。そんなんじゃないよ」

即座に答えた彼の言葉に、私の胸にドクッと鈍い痛みが走る。
自分で彼の申し出を断ったくせに、なんて勝手な気持ちだろう。あのときの選択を後悔しているわけではないが、こんなにあっさり否定されると悲しくなる。

「実はただ今、彼女を絶賛口説き中。だから、いい女だけど惚れるなよ。残念ながら俺も振られたばかりだから、まだ俺のものじゃないがな」

「なっ……!」

彼の話の続きに驚く。

「ははっ。マジですか?松雪さんが振られたって?人生初じゃないですか?」

彼の反応に、顔から火が出たようになる。
絶対に、私みたいな男オンナが、智也さんを振るだなんて身の程知らずだと思われた。確かに、智也さんを拒む女なんていないだろう。たとえ、罪悪感や使命感からの告白だとしても。

「何事も経験だ。そのお陰で、一日の大半の時間、彼女のことを考えて過ごしてる。そしてそのせいで、さらに惚れてしまうという悪循環に陥ってる」

「ちょっと!智也さん!もうやめてください」

もう我慢できない。
穴があったら入りたい。
彼に手を掴まれていなければ、おそらく瞬時に逃げ出しているだろう。

< 154 / 208 >

この作品をシェア

pagetop