偽りの婚約者に溺愛されています

息が止まりそうになるほどに驚いた。
目を見開いたまま社長を見つめる。

「直江桃華さん。今朝、連絡があった女性だ。もちろん知っているだろ?直江ゴムのご令嬢らしいね。直江ゴムは、グローバルスノーの重要取引先だ。拭いきれなかった違和感の原因は、彼女の存在だった」

笑顔のままだが、瞳の奥は笑ってはいない。
社長の静かな気迫に、なにも言えない。
社長が違和感を感じていたなら、本当はそれは、桃華だけが原因ではない。夢子との婚約の事実自体が、嘘だったということだ。

「直江さんの電話を切ってから、松雪社長に、どういうことかを確認しようと電話したよ。だが松雪社長は、君と夢子のことをなにも聞いてはいないようだね。あえて俺も、夢子と君の関係については言わなかった。桃華さんと君が結婚する段取りが、整い始めているみたいだったよ」

「違います。そうだけど、それは……」

どう言えばいいか、言葉を探す。

「直江さんは、君を返してほしいだなんて言ってたよ。……夢子が君を、彼女から奪ったのか?うちの娘は、そんな器用な真似ができたのかね。恋をしたこともないのだと思っていたんだが」

「いいえ。夢子さんは純粋で、心の綺麗な女性です。好きになったのは俺のほうです。桃華とは、きちんと話をつけます。だから……」


最悪な形で社長に知れてしまった。
普通に考えたら、俺が婚約者のいる身で夢子をたぶらかしたと思われてもおかしくはない。
親ならば、娘から遠ざけようとするのは当たり前のことだ。

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