偽りの婚約者に溺愛されています
「これからササ印に戻って、花婿修行の日々だな。夢子に捨てられないように、しっかりと学ぶよ。ササ印も、夢子も、絶対に守る。俺に全部任せて」

「智也さん……。好き……」

そのまま振り返り、キスをする。

「夢子……」

いつでも私を受け入れてくれるこの手が、そばにある限り。
私は女であることを実感する。

そのまま彼に巻き付くように腰に手を回す。

次第に激しくなっていく舌の動きに、彼を求める気持ちが再び湧き起こってくる。
もう一度あなたを感じたいと、願う私がいる。

「……あ。そう言えば」

突然、彼が私の身体と唇をガバッと離した。
ドキッとして我に返った。
目を見開く。

「明日発売だった。サインペンは?サンプルは今持ってるか?」

いきなり始まった仕事の話に、甘い空気がすっと消えた。驚きながら答える。

「あ……ありますけど」

足元にあるバッグから、サンプルの入ったケースを出し手渡す。

「そうか、ここまで来たか。いやー、感慨深いな。よし。今から文具店を回るか。ディスプレイの提案をしに行くぞ」

「は?今から?……えっ?」

あれ?続きは?
今から仕事!?そんなまさか。冗談よね?

盛り上がっていた私の気持ちとは裏腹に、彼は立ち上がるとさっさと服を身につけ始めた。

ベッドの上で、そんな彼を唖然と見つめる。

「夢子。早く服を着て。新発売だから、専門の棚を用意してくれる店を探そう。販売展開の練り直しを早急に進めないとな」

私は軽くため息をつくと、渋々床に落ちた服を拾い始めた。せっかく甘い空気に包まれていたのに、もう終わりなの?
どうしてそんなふうに切り替えができるのか、理解できない。やっぱり彼は、女性と過ごすことに慣れているからだろうか。


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