恋愛預金満期日 ～夏樹名義～

　時が止まったような空気の中、彼の隣で座っていた男性がゆっくりと拍手を始めた。

　その拍手がやがて、レストラン中に広がり、私はようやく顔を上げる事が出来た。


「一体、何が起きたんだ？」
　その男性が驚いて言った。


「なんか、とっても素敵な運命のようね。食事でもしがらお話し聞かせて下さる？」

　男性の隣に座っていた彼女性の優しい声に、私と彼は席に着いた。



　彼の隣に座る夫婦は、部長さんと奥さんだと丁寧に挨拶をしてくれたが、申し訳ないけど私は何故、彼がここに居るのか？　その事の方が気になって仕方ない。



「夏樹ちゃんの紹介の準備をして来たんだが……　いらんようだな」
　おじさんは、一度出したメモを内ポケットに戻した。


「そのようですね……」
　部長さんも、彼と私の顔を交互に見た。


「それで、どういう事なの？」
　奥さんが身を乗り出し聞いてくる。



「何からお話しすれば……　すみません。まず、僕は彼女に謝らなくてはならないんです」
　彼は私を見た。


「どう言う事ですか？」


「僕、あなたを迎えに空港に行ったんです。でも、途中で事故を起こしてしまって。一週間意識が無かったんです」


「えっ…　私はてっきり……」


　私は信じられない言葉に、自分が何か大きな過ちを犯している事に気付き血の気が引いた。



　私の姿を見た奥さんがすっと立ち上がった。


「なんだか凄い話みたい！　お聞きしたいけど、今はお二人でゆっくり話をした方がよさそうね。私達は別のテーブルで頂くわ」
　奥さんが優しい笑顔を私達に向けた。


「そうだな。我々は向こうで……」
　部長さんも立ち上がり席を離れて行った。


「えっ。そんな……」
　彼が慌てて謝った。


「気にしないで下さい」
　おじさんも立ち上がると笑顔を彼に向けた。


「そうそう、夏樹ちゃん、このお見合い断るって言っていたよな。いいのか？」
　おじさんは意地悪そうに、私を見た。


「えっ」
　彼は不安そうに声を上げた。


　私だって今の状況がまだ把握出来ない。
　彼だってまだ不安なはずだ……


「ちょっと、おじさん！　海原さん又混乱しちゃうじゃない。早く向こうに行って！」
　
「なんだか、面白そうな男だな」
　
　おじさんは、笑いながら、席を移って行った。