偽りのフィアンセ
「聖(ヒジリ)さんなら会長室にいるよ」
「……失礼します」
たとえ俺が此処に来る理由がそれしかなかったとしても、やはり見透かされているようなカナメさんの言葉に苛立ってしまう。出来るだけ丁寧にお辞儀し、カナメさんの横を通り過ぎた……その直後。背後で機械音が鳴る。
「──どうした?」
そして直ぐに聞こえたカナメさんの声に、俺は思わず足を止めていた。普段から誰に対しても丁寧で、優しく接するカナメさん。
だけど、違った。
振り返った先で、携帯を耳にあて優しく微笑むその横顔は、優しく囁くように話しかけるその声は──本物だった。
そんなカナメさんに少し驚きつつ、すぐに自分の目的を思い出した俺は、カナメさんから視線を外し目的の場所へ向かう。
その最中、脳裏にある少女が浮かぶ。一度だけ、あの雨の日に見た……
──サヤ
カナメさんがそう呼んだ少女。