偽りのフィアンセ
少女はそんなカナメさんに目を向けることなく、目の前で倒れ込んだままの女を見下ろし言葉を続ける。
目の前の女と、その他にも数えきれない程いるだろう父の愛人のことを、少女は平然と『家畜』と表現した。
その言葉に顔を歪め、助けを求めるような眼差しを父に向けた女の目が見る見るうちに見開かれていく。
父は女を見ていなかった。
ただ口元に嫌な笑みを浮かべ、少女を興味深そうに眺めている。
そんな父を前にして、ようやく自分の立場を理解したらしい女は、酷く屈辱的な表情を浮かべ、逃げるようにその場から立ち去って行った。
女がこの場から消えるのを確認した少女は、一度小さく息を吐き出し、ゆっくりと明日香さんへ視線を移した。
数メートル先の少女の顔を見た瞬間、あまりの変化に目を瞠る。女に向けていた表情とは全く別の、優しい……だけどとても寂し気な顔……。
大きな瞳で彼女を見つめながら、ゆっくりと近づく少女に、この場にいる誰もが注目していたと思う。
柔らかそうな栗色の長い髪を揺らし、背筋を伸ばし歩く少女は、先程までの乱暴な言葉や仕草が嘘だったかのように、箱の中で眠る明日香さんのすぐそばに跪(ひざまず )くと、彼女の髪をそっと撫でた……。
それだけで、少女がどれだけ彼女を大切に想っていたかが伝わってくる。