偽りのフィアンセ


父の正妻でありながら、隠れるように生きていた明日香さん。

病弱な彼女は子供を生むことが出来なかった。
だから父は、他の女に子供を生ませたのだ。

その女から生まれた俺達兄弟。憎まれても仕方のないはずの俺達に、明日香さんは母親のように愛情を示してくれた。

『仁(ジン)』『誠(マコト)』

俺達にそう名付けたのは彼女だった。

『血は繋がってないけど、私だってあなた達の親なんだからね』

そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた明日香さんを、俺はきっと実の母よりも大切に想っていた。

ずっと、傍にいてあげたかった。一度でもいいから、『母さん』と呼んであげたかった。

「明日香……。おやすみ」

明日香さんの優しい笑顔が頭をよぎった時……。静寂に包まれた室内に、少女の悲しげな声が響いた。

微かに震える声が俺の耳にとどいた瞬間……心の奥へ閉じ込めていた悲しみが溢れそうになり、思わず目を逸らしてしまう。少女のその一言は、もう目覚めることのない、明日香さんへの……別れの言葉だった。

< 20 / 25 >

この作品をシェア

pagetop