偽りのフィアンセ
父の正妻でありながら、隠れるように生きていた明日香さん。
病弱な彼女は子供を生むことが出来なかった。
だから父は、他の女に子供を生ませたのだ。
その女から生まれた俺達兄弟。憎まれても仕方のないはずの俺達に、明日香さんは母親のように愛情を示してくれた。
『仁(ジン)』『誠(マコト)』
俺達にそう名付けたのは彼女だった。
『血は繋がってないけど、私だってあなた達の親なんだからね』
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた明日香さんを、俺はきっと実の母よりも大切に想っていた。
ずっと、傍にいてあげたかった。一度でもいいから、『母さん』と呼んであげたかった。
「明日香……。おやすみ」
明日香さんの優しい笑顔が頭をよぎった時……。静寂に包まれた室内に、少女の悲しげな声が響いた。
微かに震える声が俺の耳にとどいた瞬間……心の奥へ閉じ込めていた悲しみが溢れそうになり、思わず目を逸らしてしまう。少女のその一言は、もう目覚めることのない、明日香さんへの……別れの言葉だった。