H ~ache~
(ああ、やっぱりきた…きっと本部の人に怒られるんだ)
環は沈んだ気持ちで居住まいを正すと、美貌の男を見上げた。
「忘れ物だ」
男はマネージャー用のデスクに腰掛け、長い足を組んだ。
テーブルに置かれた紙袋を環が手に取り覗き込むと「あ…」とつぶやき男を見た。
慌てて部屋を出たために忘れてきたジャスミンティーとチョコレート。
だが、中に入っていたのは同じチョコレートではなかった。
「私が忘れたのはこんなに高価なものではありません」
それは、有名ショコラティエが手がける店の包装紙。
環がコンビニで買い求めたのは、シンプルで定番ものの板チョコレート。
価格には数倍の開きがあった。
「受け取っておけ。…おまえに聞きたいことがある」
男はデスクから降りると、環が座っていた向かいの席に座った。
(間近で見るとすごい迫力の美人…こんなに整った顔の人が存在するんだ…)
精悍な顔立ちをしている男は環を真っすぐに見つめた。
「環が知らせてくれなかったら被害が大きくなっていた。礼を言う」
(初対面で名前を呼ぶんだ…。そんなことより、知らせてくれたって?)
知らせればよかったのかと後悔していたのに礼を言われることに理解ができず、小さく首をかしげると、男はフッと笑った。
「帳簿に印がついていたと聞いたが?おまえがつけたんだろう?」
あ、と思い当たる節があった。
疑問に感じると帳簿や帳票に色のついたペンで印をつけるようにしている。本部のスタッフがそれに気づいたのだろう。
「いえ、もっと調べてきちんと伝えていれば…報告が遅くなりました」
申し訳ありません…と頭を下げると、男は気にするな、と言った。
(もっと怒られるかと思った…)
「傘もダメにしただろ…悪かった」
「いえ…」
(見られていたんだ、恥ずかしい…)
手で顔を覆って俯くと、興味深そうに男は見ていた。
「失礼致します」
マネージャーが部屋に入ってくると、男と環にコーヒーを出した。
「下がっていい」
マネージャーが恭しく頭を下げて部屋から出ると、男は笑いながら環に話しかけた。
「いつまでそうしているつもりだ?仕事の手を止めさせて悪かった。続けてくれ」
(そうだ、仕事に来てるんだった)
環は顔を上げて男の顔を見ると小さく頭を下げるとペンを手に取った。
「…失礼します」