俺様社長と極甘オフィス
 そう、五十二階への行き方は、もう分かっている。この管理室にひっそりと設けられた隠しエレベーター、これが五十二階へ直通しているのだ。

 しかし事態はそう単純ではない。エレベーターの扉を開けるためにはパスワードを入力しなくてはならないのだ。おかげで思いつく言葉や前一氏に関係しそうな単語を入力するため私は毎日、ここに足繁く通っている。

「田中さんは、なにか思い当たる言葉はありませんか?」

 もうこの質問も何度目だろうか。田中さんは苦笑してカップに口づける。

「お役に立てなくて申し訳ないね。ただ、親父の頃から、前一さんはこのエレベーターで五十二階に通っていたから、前一さんの好きな言葉でハイカラな言葉ではないと思うんだけどね」

 私が息を吐くと、カップの中のコーヒーが揺れる。前一氏は、入院するギリギリまで五十二階をもうひとつの自宅として、ここから通っていた。こんなところにエレベーターがあるくらいだから、それを知っているのは極少数。

 五十二階に誰かが住んでいるらしい、というのは社員たちの間で噂になっているが、まさかそれがこのビルの創立者である前一氏ということまでは漏れていないようだ。

 私は時計を確認して田中さんにお礼を告げると、部屋に戻ることを告げる。そろそろ商談が終わるころだ。せめて挨拶と先方への手土産を渡すことはしなくては。

「ななちゃん」

 踵を返そうとしたところで田中さんに呼び止められた。

「これも何度も言っていることだけど、前一さんが、わざわざ五十二階に自室を設けたのは、きっとこの数字になにか思い入れがあるからだと思うよ」

 私は、軽く微笑んで頭を下げる。田中さんも思いつくことや前一氏とのことを必死で思い出して教えてくれる。そんな気遣いは本当に有り難かった。
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