俺様社長と極甘オフィス
 来客を見送り、ようやく今日の業務が一段落つく。胸を撫で下ろして部屋に戻ると、珍しく社長がソファにふんぞり返るように、だらしなく体を預けていた。さっきまでのきっちりとした雰囲気は微塵もない。

 ここは自宅じゃないんですよ、といつもなら告げるところだが、今日はなにも言えない。

「お疲れ様です」

「お疲れ」

 一応、戻ってきたことを告げるために声をかけると、社長は軽く手を上げてくれた。なんて声をかければいいのか迷いつつ、自分のデスクに足を進めようとしたところで、社長に声をかけられた。

「藤野」

 その声にも覇気がない。私は返事をせずに、ゆっくりと社長の方まで歩み寄る。すると社長も体を起こして、こちらを見据えてくれた。

「ありがとう。藤野がいなかったらエレベーターは開けられなかった」

「いいえ。元々のヒントをくださったのは社長ですから」

 阿僧祇という言葉が出たとき、数の単位だ、と社長が言わなければ、私も気づくことはなかった。私の言葉を受け、社長はふっと気を抜いたように笑ってくれた。けれそ、その笑顔はどこか悲しそうだった。

「でも、ごめん。無駄骨にさせるかも」

「そんなことはっ」

 反論しようとした私を社長が制する。

「いいんだ。さすがに、少し心が折れそうだよ。もしかしてじいさんは、俺に五十二階に辿り着いて欲しくないのかもしれない」
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