俺様社長と極甘オフィス
「また鍵があったのかい!?」

 珍しく田中さんが声をあげた。私は静かに頷いて、少し温くなったコーヒーを頂くことにする。それに倣ってか、社長は沈痛な面持ちで、苦々しくカップを手に取った。

 五十二階にたどり着いた我々を待っていたのは、また扉だった。さすがにエレベーターを開けて、いきなり部屋が広がっているとは思わなかったけれど、まさかその扉もパスワードを入れないと開かない仕組みになっているなんて。

 あまりの展開に、私も社長もしばらく事態が飲み込めなかった。

「あんな鍵、俺が訪れたときにはなかったぞ」

 恨みがましく社長が呟いてコーヒーを啜る。

「で、今度もまた、なにか言葉なのかい?」

 やさぐれている社長にではなく、私に訊いてきた田中さんに苦笑しつつ答える。

「いえ、今度は数字でした」

「数字?」

 そう、今度の入力内容は平仮名ではなく数字だった。まるで銀行のATMのような。しかも、こういうのは四桁というのが定番だったりするが、何桁でも入力可能だったので、その際限なさは気が遠くなりそうになる。

 一応、それなりのものは試してみた。前一氏をはじめ思いつく身内の誕生日、苗字が紀元ということもあり、西暦もつけてみたり。

「ほら、エレベーターのパスワードが恒河沙だったんだろ?それなら、十の五十二乗を」

「それも試したんですが、違っていました」

 田中さんの言いたいことを汲んで、申し訳なさげに否定する。ちなみにその案は社長が思いついて、自信満々で試したのだが、無理だった。

 藤野みたいにはいかないか、と妙に落ち込んでいたことは黙っておこう。

 とりあえず午後の業務があるので、田中さんに手短にお礼と挨拶を告げて、管理室をあとにする。五十二階の件も時間がないが、それでも通常業務だって待っているのだ。

 社長とは午後の予定を確認し、それ以上、五十二階へのことは触れなかった。
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