俺様社長と極甘オフィス
「あの」

「もう少し近くに来て」

 バランスを崩しながらも社長に引かれ、行儀悪くもソファに膝立ちするような格好で社長と向き合う形になる。しかも、いつもとは違って社長よりも目線が高いので、なんだか不思議だ。社長はなにも言わず私を強く抱きしめたまま、密着している。

 なんだか小さい子どもみたいに思えて私は再び、社長の頭を撫でた。短めの黒髪が手の中を滑る。

「なんか、ごめん」

 顔はこちらに向けないまま、社長のくぐもった声が届く。なにに対して謝っているのかはよく分からなかった。

「どうしたんです?」

「藤野の優しさにつけ込んでる」

 その言葉に私は目を見張った。そんなふうに思ったことなんて一度もない。私はわざとらしく仕事口調を意識した。

「いいえ。疲れているんですよ、あなたは。それに、本当につけ込むような人は自分でそんなこと言いません。この件が一段落ついたら少しまとまった休みをとりましょう。スケジュールを調整しますから」

 社長はなにも言わない。だからか私の口からつい余計な言葉が衝いて出た。

「恋人どころか、デートすらまともにできてないんじゃないですか? 私では充電も限界があります。もっと恋人など、心を寄り添える人に甘えてください」

 べつに、社長とこうしているのが嫌だという意味ではなかった。けれど、充電と言いながら結局これは仮初めのものなのだ。

 忙しい中、なかなか恋人を作る暇もなく、デートをするのも難しい社長が、単に身近な私で間に合わせているだけで――。
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