恋愛上手な   彼の誤算
ドサリ、という音でついさっき目の前にいた男が地面に倒れていることに気付く。何が起こったか分からないままでいると地面に転がる村本さんの胸倉を掴んだのは今さっきまで追いかけていた相沢さんだった。

「村本、お前人の悪口言うなら本人に聞こえないようにしろよ丸聞こえだぞ」
「あ、相沢……ッ」
「あとさー」

いつも通りの軽い調子で告げる相沢さんの声と顔の表情が一変する。

「お前さすがに一線越えてるから。これ以上彼女に迫るなら上に報告してやる。俺に文句があるなら仕事でやり返すくらいの根性見せろ」
「……っ!!」

鼻先で突き付けられた現実に村本さんは返す言葉もなく逃げるように去っていった。くるりと振り向いた相沢さんはまだ真面目な表情で歩いてくると高い背を屈めるようにして私と目線を合わせる。

「来るの遅かったね、ごめん」

その申し訳なさそうに笑う顔に恐怖や張り詰めていた緊張が解け、歪む視界に自分が泣いていることに気付いた。

どうしてあなたが謝るの。

そう言いたいのに口を開けば嗚咽が漏れそうで何も言えない。堪えたいと思うのにただ後から溢れる涙はなかなか止まらず、情けなさに顔を下向けるとふわりと良い匂いに包まれた。
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