恋愛上手な   彼の誤算
そしてその決意が実行するチャンスは予想外に早く訪れた。

「嘘……」

定時を少し回った時間に仕事を切り上げてエントランスに出てきたときだった。円形ガラスの自動ドアの先、間違いなく相沢さんだと分かる後ろ姿が長い脚で歩いていくのが見えた。

こんな偶然お礼を言うためのタイミングとしか思えない。

すぐに追いかけようとしたが手ぶらなのもどうかと左右を見渡すと視界に入った自販機に駆け寄った。

「ココアない……」

多くはないラインナップから缶のドリンクを選ぶと急いでドアに向かって走る。
外に出ると駅前に向かう道に相沢さんの背中を見つけた。曲がり角を歩く横顔で相沢さん本人だと確信して呼び止めようとしたその瞬間だった。

「あい……」
「西本さん」
「きゃ……っ」

突然肩を掴まれたかと思うとすぐ背後から聞こえた声に思わず声を上げた。

「む、村本さん……」
「すごい偶然だよ。今帰りなんだね、少し時間ない?」

驚きと恐怖で心臓がバクバクと脈打つのを感じる。
何度断ってもどうしてこの人には私の気持ちが伝わらないのかと思えば余計にぞっとする。
いや、伝わらないのは私の言い方がよくないからだ。きっぱりと言えば分かるはず、と震える手に力を込めて向かい合った。

「あの、ごめんなさい。村本さんと二人で食事に行ったりプライベートで会うつもりはありません」

声が震えたかもしれない。でも思っていることは全て伝えた。目をぎゅっと閉じて相手の出方を待つように俯く。

「……君も同じなのか」
「え……?」

急に変わった声のトーンに顔を上げるとさっきまでの笑顔を一切消した無表情がこっちを見つめていた。その異常ともいえる変貌ぶりに寒気がする。

「みんな相沢みたいな奴の方がいいって言うんだ。僕の何が劣ってる?多少仕事ができるくらいでちやほやされやがって。ねぇ、僕はきみを幸せにできるよ。きみは僕を選ぶべきだ」
「いや、離してください……っ」
「何が不満なんだ?こんなに何度も紳士的に誘ってやってるのに!」
「痛い…っ、離して…!」

正面で両肩を掴まれるとその力に振りほどくことはできなかった。恐怖と嫌悪感しか感じない相手が顔を覗き込んでくる至近距離にいることにもう一秒だって耐えられない、そう思った瞬間目の前にいたはずの村本さんが唐突に視界から消えた。

「え……」
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