プラス1℃の恋人
 青羽はもう一度、千坂の顔を見た。
 千坂は余裕のある表情を崩さなかったけれど、額の汗が、頬を伝って下に落ちた。

 ――ああ!! バカ上司! これじゃ、嘘をついているのがバレバレじゃん!

 青羽は腹をくくった。
 なるようになれ。

 もし商談が失敗しても、こういう場に私を連れてきた千坂が悪い。
 責任をとって会社を辞めろと言われたら、いさぎよく辞表を出してやる。

 でもそのかわり、千坂も責任をとって、私を永久就職させてもらう。

 青羽は口を開いた。

「そうですね。私は醸造所には同行しなかったのですが、千坂の見立てなら間違いないと思います。一度納品したものをお返しいただくというのはイレギュラーなことですが、それだけわが社にとってB.C.Delicatessenさんが、大事なお客様だということです」

「ほう?」

「それに私、個人的には瓶ビールではなく、樽とかビアサーバーのほうが好きです。今年のホップということは、しぼりたてのフレッシュなビールを工場直送でしょう? 栓が抜かれたときの香りを想像するだけで、たまらなない気持ちになります。ああ、私もそのパーティーに参加したい!」

 思わず本音でそう言うと、仁科が口もとをおさえて吹き出した。

「なるほど……それを聞いたら、私も樽から注いでもらったビールを飲みたくなりました。ドリンク類を含めたフード・サービスは私に一任されています。お客に喜んでもらうことが大事ですし、そのあたりの信念は、千坂さんも同じだと思っていますので」

「それじゃあ」

「お任せしますよ。ただし、送料はそちらで負担してもらうということで、よろしいですか?」

「もちろんです!」

 千坂が答えた。
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